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東京高等裁判所 昭和29年(く)64号 決定 1956年3月22日

抗告人 原審弁護人 増田弘

被告人 佐々木今朝男

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、

保釈は、刑事訴訟法第八九条の趣旨からしても被告人の権利に属するものであるから、保釈取消の場合を規定する同法第九六条は保釈取消の制限規定と解すべきものである。本件被告人が同法第九六条第一項第二号乃至第五号に違反した事実はなく、同条同項第一号所定の事由の有無については、被告人は公判期日に出頭しなかつた事実はあるが、それは被告人自身の意思によるものではなく他の事件で逮捕勾留されて身柄の拘束を受け当該官憲が出頭させなかつたからに外ならない。正当な手続によつて逮捕勾留されている場合にもなお他事件の公判期日に強いて出頭せよということであつては結局逃走罪を犯せというにちかく、このような場合に出頭しないのは、出頭しないことにつき正当な理由があつた場合と解すべきである。若し被告人が逮捕又は勾留された事実を以て被告人を非難し、出頭しなかつた責任を直ちに被告人に負担させようとする考え方を採るならば、その考え方は、有罪の判決を受ける迄は被告人は一応無罪の推定を受くべきものとする刑事訴訟体系の基本原則に背反する思弁であつて許さるべきものでない。仍て本件被告人の保釈を取り消し、保釈保証金を没取する旨の原決定は同法第九六条に違反するもので、取り消されるべきものであるから、これが取消を求めるため本件抗告に及ぶというにある。

本件記録並に当裁判所の取寄にかかる被告人佐々木今朝男に対する龍ケ崎簡易裁判所昭和二九年(ろ)第一九号、第二六号、第三九号、第四八号各窃盗被告事件記録によると、原裁判所は同被告人に対する右窃盗被告事件につき昭和二九年五月六日保証金額を金一万円とし、同被告人の住居を東京都世田谷区太子堂町三三九番地矢沢たか方に制限して保釈許可決定をし、これに基き同被告人は同日釈放されたこと並に原裁判所は同年八月一二日同被告人が住居の制限に違反し、なお昭和二九年七月二九日午前一〇時の公判期日に召喚を受けながら正当な理由がなく出頭しないことを理由とし、右の保釈を取り消し、保釈保証金を没取する旨の決定をしたことを認めることができる。よつて右保釈取消並に保釈保証金没取決定の理由とする事由の存否について考えてみるに、前記窃盗被告事件記録によると、本件被告人佐々木今朝男は昭和二九年五月六日保釈許可決定により釈放された後、何等原裁判所に対する届出乃至は許可を得ることなく、保釈許可決定所定の制限住居から東京都品川区西大崎四丁目八〇五番地に住居を転じていたものであり、しかも原審第四回公判期日に出頭して同年七月二九日の次回公判期日に出頭すべき旨の告知を受けていながら、その期日に出頭しなかつたことが認められるのである。そして右被告事件記録によると、同被告人は保釈出所中である同年七月二〇日午前四時五五分頃栃木県那須郡那須村東北本線黒田原駅待合室において司法警察職員により窃盗現行犯人として逮捕され次いで大田原簡易裁判所裁判官の発した勾留状により黒磯警察署に勾留され、同年七月二九日の原審第五回公判期日の当日は同署に勾留されていたことを認めることができるのであるが、原裁判所が同被告人に対し住居を制限して保釈許可決定をしているのは、同被告人が制限住居を離れるような場合には遅滞なくその旨を裁判所に届け出て許可を受けさせ常に所在を明らかにして裁判所の召喚に対しては何時でもこれに応ずることができるようにさせるためであるから、同被告人が官憲により身柄を拘束されている場合には他事件で保釈出所中であり現に公判審理が進行していることを当該官憲に申し出て、公判期日に出頭できるよう適宜の手続を執るべきであるといわねばならないのであつて、同被告人が右のように同年七月二九日の原審第五回公判期日当時所論のように別件の窃盗事件で勾留されていたとしても、同被告人が右の適宜の手続を執るならば、前回の公判期日に直接告知を受けていた同年七月二九日の公判期日に出頭できないわけではなかつたのである。同被告人が右の適宜の手続を執つてもなお官憲が同被告人を原審第五回公判期日に出頭させなかつたものと認められる資料は存しない。従つて同被告人が原審第五回公判期日に出頭しなかつたのは結局正当な理由に基かないものであるといわねばならないのであるから、同被告人は保釈許可決定所定の住居の制限に違反し且つ正当な理由なくして昭和二九年七月二九日の原審第五回公判期日に出頭しなかつたものと認められるのである。しからばこれらの理由により同被告人の保釈を取消し、保釈保証金を没取した原決定は正当であり、所論のように刑事訴訟法第九六条に違反するものではない。

仍て抗告人の本件抗告は理由がないから刑事訴訟法第四二六条第一項に則りこれを棄却すべきものとし、主文の通り決定する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

原審弁護人増田弘の抗告申立の趣旨

前記決定は之を取消すとの裁判を求める。

抗告の理由 刑事訴訟法第九十六条は保釈取消の場合を規定して居る。謂う迄もなく、保釈は同第八十九条の趣旨からしても被告人の権利に属するものであるから刑法第九十六条は保釈取消の制限規定と解すべきものである。本件被告人が同第九十六条第二項第二号乃至第五号に違反した事実はない。同第一号について、被告人は公判期日に、成程出頭しなかつた事実はあるが、右は被告人自身の意思に基くものではなく他の事件で逮捕勾留されて、身柄の拘束を受け当該官憲が出頭せしめなかつたからに外ならない。正当の手続によつて逮捕勾留されて居る場合にも尚、他事件の公判期日に強いて出頭せよと云うことであつては結局逃走罪を犯せと云うに庶幾く、斯くの如き場合に「出頭しないとき」はとりも直さず、「正当な理由」があつた場合と解すべきである。若し、夫れ被告人が逮捕又は勾留された事実を以つて被告人を非難し、出頭しなかつた責任を直ちに被告人に負担せしめようとする考え方は、有罪の判決を受ける迄は被告人は一応無罪の推定を受く可きものとする刑事訴訟体系の基本原則に背反する思弁であつて許さるべくもない。よつて本決定は取消さるべきものと信ずるので茲に抗告する次第である。

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